2007年1月20日土曜日

review

劇場公開映画批評
僕は妹に恋をする

  Date: 2007.01.20.
  From: キネマ旬報 1476号
  By: 増當竜也
  URL: http://www.kinejun.com/kinema/bkno/200702_01.html


日本語とは面白いもので、兄と妹の“近親相姦”と記すとどこか陰湿な血の宿命的雰囲気を醸し出すが、これが兄と妹の“禁断の恋”と記すとどこかロマンティックで哀しい運命的雰囲気と化す。そして前者の響きが似合う映画は横溝シリーズやロマンポルノなど、これまで数多くの日本映画で描かれてきているが、いざ後者の響きが似合う映画となるとあまり思いつかない。一方、少女漫画の世界では、こうしたモチーフは割と普通に描かれてきている。もちろん本作の原作もその一つだが、これは現実のタブーさえもファンタスティックな絵柄で包み込むことでロマンに転じさせることに長けた少女漫画ならではの味わいであり、本作はその要素を巧みに継承することで、従来の日本映画にない実にファンタスティックな“禁断の恋”の映画の秀作に仕上がっている。

とはいえ、原作にあったドラマティックなエピソードのほとんどは映画では割愛されており、しかも開巻30分も経たないうちに兄と妹は一線を越えてしまい、その後はひたすら主人公二人とその周囲の感情の揺れのみで、いかにして二人が禁断の恋に決着をつけるのかというストイックな構成が採られ、その意味では原作と別物になっている。しかし、だからこそ単に少女漫画のロマンの継承だけでなく、映画でしか成し得ないファンタジーのリアリズムが濃厚となり、ひいては感情がストーリーを凌駕する映画のシンプルな特性までもが露になっていくあたりが素晴らしい。昨今流行の無意味な移動撮影も安易なカッティングもここでは無縁で、あるのは登場人物たちの繊細な心理を観客に見出させるための効果的な移動と長回し撮影であり、そこから虚飾を剥ぎ取った少年少女たちの映画美までもが切ないまでに描出されていく。これぞ映画の力を信じるスタッフ&キャストの勝利というべきだろう。

キャストの魅力と存在感が過不足なく発散されているのも、本作の大きな勝因である。兄・頼=松本潤の一見勝気でたくまし気な風貌は、その実本作の中で一番気弱な存在であることを指し示すのに有効であり、妹・郁=榮倉奈々は純粋無垢な表情と長身とのアンバランスな風情が思春期の不安定さを巧まずして体現し得ており、またこのふたりが一緒に画面に収まったとき、その不安定感は禁断のロマンたる要素までをも絶えず導き出しながら、より一層切なく増大されていく。特筆すべきは、兄妹の関係を知りながら頼に想いを寄せ続ける友華役の小松彩夏で、叶わぬ恋と知りつつ背伸びしながら小悪魔を装うその姿は、健気ではかない。頼をホテルに誘いベッドに入った彼女の表情の奥からは、心の震えや怯えまでもがきちんと観る者に伝わってきて、ふと友華を主人公に据えた映画も観てみたいと思ったほど。小松彩夏は「恋文日和」(04)「ドリフト」(06)でも好演していたが、監督のセンス次第でいかようにも伸びる可能性を秘めた映画的存在と、本作で改めて確信できた。

実際、演技的にまだ未知数たる若手俳優の資質を引き出すのに、先に記した長回しは実に効果的であり、ついつい相米慎二監督の初期青春映画群を思い起こしたりもしたが、安藤尋監督のキャメラ・アイは程好い距離感を保ちながらも彼らを優しく見守り続けていく。筆者はデビュー作「pierce」(96)以来安藤作品が不得手で、話題になった「blue」(03)さえも若干冷ややかではあったのだが、今回は完全に降伏であり、こうなると先見の明のなさを恥じ入るばかりなのだが、それでもようやく本作で安藤作品に表返ることができ、感謝している次第でもある。

それにつけても、筆者には総じて少年漫画よりも少女漫画のほうが映画と相性が良いという持論があるが、今回もその例に漏れない。ここを突き詰めていくと、映画そのものの本質のいくつかが、また明らかになるような気もしている。

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